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アンビエント・リサーチ 第3回

こんばんは。
やはり、最近深夜更新が多いただけーまです。
ブログ移転してから初の日記か。

なので、少しまじめな内容で(笑)

今日は先輩宅で目覚め(人の家で13時まで寝るなとww)浅草の方まで行き、父親に連れられ「アンビエント・リサーチ」なるシンポジウムを聞いてきました。
うん、こういうのって初めてですね。
すごく小さい高架下の建物で少人数で集まり話を聞く、と。
いや、とても小規模で驚いた。
東大でやってるシンポジウムっていうのは、割と普通にホールみたいなところを借りてやっているので、今回もそういう類のものかな、と勝手に予想していたのですが、見事に間逆でした。
密会って感じで、雰囲気は好きでしたけどね。

ちなみに「アンビエント」"ambient"とは、「周囲の、環境の」という意味の形容詞で。
それがまあ、ジャパニーズイングリッシュで環境音楽を指す語になったと、いう感じでしょうか。
いわゆる脱西洋古典音楽の音楽ですね。
うん、ミュージックというよりは、サウンドと呼ぶタイプの音楽。
あくまで普段のぼくらの感覚基準でいうとね。
もちろん、環境音楽もジャンルとして成立している以上、音楽と呼ばなければ起こる人がいるかもしれないのですが(笑)
ここでは読者の理解を早めるためにこういう表現をとらせていただきます。


【はろうぃん?】なんで、このシンポジウムに参加するのを決めた【何それおいしーの?】かというと、ちょうど今大学で雑音芸術に関する授業(この授業で聞いたジョージ・アンタイルの「バレエ・メカニック」は忘れられないww)をとっていて、それに関連する知識が得られたらいいなあと、なんとも大学生らしいまじめな理由で参加してきました。

うん、少しは知識をつけて言ったんですが、まったく必要なかったようですけどね!!www
ぼくの努力一体何なのwww
ルイジ・ルッソロとか、ジョン・ケージとかシュトックハウゼンとかピエール・シェフェールとか云々・・・
雑音芸術に関する発展の仕方とか結構覚えてたんだけど、あんまりそういう学術的なシンポジウムでは全然なかったのです。

内容はというと、3人のスピーカーが、各々雑音芸術、というかアンビエントに関する意見を述べ。
その後、3人で対談すると。
まあ、面白かったところもあるし、よくわからなかったこともあるし。
個人的にはディストピアというものをわかりやすく解説してくれた芸大生がよかった。
わかりやすいに越したことはないね。
そもそも、「ディストピア」という単語を知らなかったので、そこは大きな収穫。
と、前向きに、ね?(笑)

ディストピア概念というのは。
まあ、簡単に言ってしまうと、「理想郷(ユートピア)に見えて、実は制約のある理想とは違う状況」ですね。
まあ、このディストピアという概念もどうやら複数に分かれるらしく。

1つは、個人的な支配下における治安。
まあ、これは20世紀の至るところで見られるわけですが。
ようするに独裁者の統治下での治安ですね。
特に事件とか、不具合はないが、実は強大な権力によって個人の行動が制限されている状況。

2つ目は、相互監視によるディストピア。
まあ、多元的支配とその芸大生はおっしゃられていましたが。
こう、メディア・テクノロジーが広まっていくにつれて、うかつなことが出来ない状況ですね。
誰かの行動・発言が多勢に知られるかもしれない、という恐怖による制約。
だから、ぼくもこういう場ではめったなことは言えません(笑)
いや、言いますけどねwww

あとは、無人のディストピア。
人がいなくなったところで、築かれる「理想郷」のようなもの。
まあ、従来の社会的制約は完全になくなり、その点で理想郷には近いのかもしれないですが。
やはりかつての社会で享受していた恩恵は受けられないし、ともすると、個人支配によるディストピアが復活してくるかもしれない、と。

大体そんなこと言ってました(笑)
あんまり覚えていませんが・・・(でも覚えている方ではあると思う。)

それとそれに関して面白い話題。
人がいなくなった後で、人が聞いていた音はどう聞かれるようになるのであろうか。
非常に興味深い、というか深い疑問。
新しい地球の支配者がどう聞くのか。
まあ、究極的にわからないのですよね。
でも無人の世界おいては、はっきり言って雑音芸術こそがすべてになるでしょう。
楽譜は人がいてこそ成立するツールであって。
人のいない世界では、ただの紙。
要するに音楽ではなくなってしまうんですね。
そういう意味では、やはり究極の音楽なのでしょうか。

未来派が、こうした音楽の礎を築いていったのは、まさに未来のためのようにも思えます。
まあ、実際は違うし、後付けなんですけど(笑)
でもこういう字義的な解釈も、厨二っぽいですが、ぼくは好きですwww
実際は、伝統的な12音階的な音楽に飽きたというのが理由の1つらしいですが。
「未来派宣言」によればですけど。


私は、この雑音芸術、ないしは環境音楽について。
「身体」というワードがキーであるような気がしてならない。
身体は見えないところで、我々が脳で(自分の意識で)処理していると思っていることを平気でやっている。
熱いから手を離す、とかそういう反射レベルの問題ではなく。
皮膚が呼吸しているのがその良い例であろう。
それと同様に、身体も知覚している。
我々の脳が、音声処理をする以前に、より具体的な鼓膜の震えであるとか、身体が感じる生音の圧力であるとか、背筋に凍るような快感であるとか。
そういったものを、私たちの身体はストックしていて。
なにしろ、環境音楽というものは生まれたときから知覚し、我々が意識していない「たった今」に至るまで常に知覚され続けているのだから。
環境音楽というジャンルが生まれたのにはそうした理由があるのであろう。

理知的な音楽ではない、本能的な音楽。
理知的な音楽の発展後に、こうした音楽が追求されるというのは、もっともなことだ。


我々は疲れたら伸びをするし。
眠ければ欠伸をする。


と、雨の音に耳を傾けつつ。
hona-☆
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Comment

No title

全然関係ないけど、旧ブログの「移転しました!」に張ってあるリンク間違ってない?
http://keimadiary.blog136.fc2.com/に飛べないから、ちょっと確かめといてー。

No title

確かにww
どうしよう・・・なおんないんですが(苦笑)

まあ、本当に見たい人はURL直接入力してくれるはず!
と期待しておきます。
非公開コメント

プロフィール

多田K馬

Author:多田K馬
東京の大学に在籍していて、吹奏楽のサークルでサックス吹いてます♪つれづれに色んなことを書いていくつもりなので、趣味がある方は是非コメントを☆
趣味は、音楽鑑賞(ホールでも家でも)絵画鑑賞(美術館で)映画鑑賞(家でw)読書(電車でw)などなど割と雑食。

それぞれで特に好きな作品は・・・

音楽:アストル・ピアソラ、ヨハン・セバスティアン・バッハ、安藤裕子
絵画:クロード・モネ、アンリ・ルソー、シュルレアリスム
映画:勅使河原宏、北野武、中島哲也
読書:安倍公房、芥川龍之介、中島敦

これおすすめ!とかあったら教えてほしいです。
では、よろしくお願いします♪

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